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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)12147号 判決

原告

西村真人

右訴訟代理人

新井清志

被告

株式会社六郷ゴルフ倶楽部

右代表者代表取締役職務代行者

古山宏

右訴訟代理人

斉藤和雄

三宅雄一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

東京地方裁判所昭和五四年(ワ)第六九二九号株主総会決議等無効確認請求事件(以下「別件訴訟」という。)に関する原、被告間の訴訟委任契約(以下「本件委任契約」という。)について、被告が昭和五五年一〇月二五日原告に対してした解約は、無効であることを確認する。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一)本件訴えを却下する。

(二)訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、東京弁護士会所属の弁護士であるが、昭和五四年九月頃、被告の代表取締役山中茂(以下「代表取締役山中」という。)から、東京地方裁判所に現に係属中の別件訴訟につき訴訟代理を委任され、同月一七日の第一回口頭弁論期日以降被告の訴訟代理人として訴訟行為を追行してきた。

2  ところが、同年一二月一〇日に至り、別件訴訟に係る同裁判所昭和五四年(ヨ)第二〇三五号代表取締役等職務執行停止、同代行者選任等仮処分申請事件において、同裁判所は被告の代表取締役山中の職務執行を停止し、その職務代行者古山宏(以下「職務代行者古山」という。)を選任する旨の仮処分決定(以下「別件仮処分」という。)を行つたところ、職務代行者古山は、原告に対し、昭和五五年一〇月二五日、本件委任契約を解約する旨の意思表示をした。

3  しかしながら、職務代行者古山は、以下に述べるとおり、本件委任契約を解約する権限を有しないから、右解約の意思表示は無効である。

(一) 別件訴訟において被告を代表して訴訟を追行する権限を有するのは、以下に述べる理由により、代表取締役山中であり、職務代行者古山は右権限を有しないと解すべきである。

(1) まず、仮処分の性質上、その効力は別件訴訟に及ぶべきものではない。

(イ) 別件仮処分は、その性質上、別件訴訟を前提としこれに付随するものであり、また、その効力は、別件訴訟の判決確定までの間の仮定的、暫定的なものであるから、別件仮処分が命じた代表取締役山中の職務の執行停止等の効力は、その本案訴訟である別件訴訟に対し何らの影響を及ぼすものではない。

(ロ) 仮処分の効力は、仮処分の性質、目的にかんがみ必要にして十分な最小限度の範囲にとどめられるべきものであるところ、別件仮処分は、被停止代表取締役にその職務の執行を認めては「会社に回復し難い損害を生ずるおそれがある」場合に、仮定的、暫定的にその損害を与えるおそれのある職務の執行を停止するにとどまり、被停止代表取締役の職務を全面的に停止するものではないと解すべきであるから、代表取締役山中の別件訴訟の追行権まで停止するものではないことは明白である。

(2) 別件訴訟の実際に照らしてみても、会社を代表して訴訟を追行すべき者は、被停止代表取締役であるべきことが明らかである。

(イ) すなわち、別件訴訟は、形式上は会社の機関の決議の効力に関する争いであるが、その実質はその決議によつて選任された取締役又は代表取締役をその職務の執行から排除するか否かに関する争いであるから、直接利害関係を有する被停止代表取締役をして訴訟追行に当たらせるのが妥当であり、これにより初めて攻撃防禦の方法を尽くすことが可能である。

(ロ) また、仮処分裁判所によつて選任された職務代行者古山は、別件仮処分債権者(別件訴訟原告)と同債務者(同被告)との間にあつて厳正中立の立場を堅持して代行職務を執行する義務を有するものであるから、その職責上、別件訴訟において被告のために攻撃防禦を尽くすことはできないというべきである。

(ハ) このように、職務代行者古山をして被告の代表者として別件訴訟を追行させることは、被告側としては戦う前に濠を埋められ武器を奪われてしまうのと同様の不利益を被り、相手方に多大の利益を不当に与えることになつて、訴訟における当事者衡平の原則に反する。

(二) 仮に、右(一)の主張が認められないとしても、本件委任契約の解約は、商法二七一条一項本文の「会社ノ常務ニ属セザル行為」に該当するから、職務代行者古山は当然には右の解約を行うことができない。

4  本件訴えには、次のとおり確認の利益が存する。

原告は、本件委任契約の存する限り、被告に対し、委任事項について善良な管理者としての注意をもつて訴訟代理事務を追行すべき義務を負うとともに、訴訟準備その他に要する費用の前払請求権、償還請求権を有する立場にあり、これらの法律関係については将来紛争発生の可能性がある。原告は、被告に対し個別に給付訴訟を提起する余地もあるが、原告が受任した別件訴訟は現に係属中であり、また、基本関係から派生する諸紛争を予防する必要がある以上、本件訴えには確認の利益が存するというべきである。

5  よつて、請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  被告の本案前の主張

訴訟代理権の有無は、それが問題となる当該訴訟においてこれを審判すべきであり、訴訟代理権の存否の確認を求める訴えは不適法なものであるところ(最高裁判所昭和二八年一二月二四日第一小法廷判決民集七巻一三号一六四四頁参照。)、原告は、本件訴えにおいて、私法上の訴訟委任契約の解約の無効確認を求めるけれども、本件訴えも確認の利益を欠き、不適法であるというべきである。すなわち、

まず、原告の本件委任契約上の善管注意義務についてみると、原告が被告から右義務違反を理由に責任を問われる余地はないというべきである(仮に、別件仮処分が取り消されたとしても、被告が別件仮処分発効中の原告の行為を捉えて善管注意義務違反を理由に原告の責任を追及する余地はないと解される。)。

次に、本件委任契約に関する費用についての請求権についてみると、別件訴訟において、原告は、訴訟代理人を解任されたことを理由に裁判官から発言を禁じられており、以後有効な訴訟活動をすることができないのであるから、被告に対し本件委任契約上の費用前払請求権及び費用償還請求権を取得することはあり得ない。したがつて、この点においても本件訴えに確認の利益ありということはできない。

結局、判決により本件委任契約の解約無効を確認する実益は、本件委任契約上の報酬請求権の問題に帰着すると考えられる。しかし、判決により右解約の無効を確認してみても、必ずしも右報酬請求権の存否は確定できず、仮にその存在が確定できたとしても、その金額は一義的に決まるものではない。したがつて原告の本件訴えは、この点においても即時確定の利益を欠くというべきである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の主張は争う。ただし、本件委任契約の解約が商法二七一条一項本文の「会社ノ常務ニ属セザル行為」に該当することは認める。

四  抗弁

職務代行者古山は、昭和五五年一〇月二四日、本件委任契約の解約につき、別件訴訟の管轄裁判所である東京地方裁判所の許可を得た。

五  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。仮に、この事実が認められるとしても、右許可の裁判をした裁判官は、別件訴訟の担当裁判官ではないのみならず、別件仮処分を行つた裁判官であるから、右許可の裁判を行うことはできない。また、右許可の裁判は、裁判を受ける者に告知されなければその効力を生じないものであるところ、原告に対しては右告知がない。したがつて、右許可の裁判は無効というべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一訴えの利益(確認の利益)について

まず、本件訴えは、昭和五五年一〇月二五日職務代行者古山が原告に対してした本件委任契約の解約の無効の確認を請求するものであるところ(これは、本件委任契約の存在確認を請求する場合と表裏を成すものということができる。)、本件委任契約のような基本的法律関係の存否に関する確認の訴えについては、仮にそこから派生する法律関係につき個別に給付訴訟等を提起し得る場合であつても、全体の基本的法律関係につき即時確定の利益を認めることは妨げられないというべきである。

本件委任契約については、原告は、被告に対し報酬請求権のほか、費用前払請求権又は費用償還請求権を取得し得る関係にある(被告は、原告は別件訴訟において裁判官から発言を禁じられていて有効な訴訟活動ができないから本件委任契約上の費用償還請求権等を取得することはないと主張するが、右委任の内容は、適切な訴訟活動のために必要な調査、資料の収集・保管等の準備的行為をも含む包括的なものと解すべきであるから、別件訴訟において裁判官から発言を禁じられることにより直ちに受任者として行動できなくなるわけではなく、原告が本件委任契約の受任者として委任の趣旨にそつて行動し、その結果、費用償還請求権等を取得する余地がないわけではない。)のであり、本件訴えにより本件委任契約の解約の無効が確定すれば、事実上、原告の取得し得べき本件委任契約上の報酬請求権又は費用償還請求権等の存在の有力な支えとなることは明らかであり、その結果、これら請求権に関して生ずるおそれのある紛争を根本において予防することができるというべきである。

現に、本件記録によれば、原告及び被告の間に右の派生的法律関係につき紛争が生ずる余地がないわけではないと認められるのであつて、本件訴えにより確認判決を得ることによつて、報酬及び委任事務処理のために必要な費用等の清算、原告が保管中の書類等の返還その他の本件委任契約から派生する法律関係について生じ得る諸紛争を未然に、かつ、根本的に予防することが期待できるのであるから、本件訴えには確認の利益があるというべきであり、訴えの却下を求める被告の申し立ては理由がない。

第二本案の請求について

一請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二1  そこで、職務代行者古山が、本件委任契約を解約する権限を有するか否かにつき判断するに、右の権限の有無は、結局、代表取締役山中と職務代行者古山のいずれが別件訴訟を追行する権能を有すると解すべきかの問題の結論によつて決せられるべき性質のものであるから、まず、この点につき検討する。

商法二七〇条に規定する取締役の職務執行停止及び職務代行者選任の仮処分は、本案訴訟となるべき取締役選任決議の無効・取消し等の訴えの判決が確定するまでの間、暫定的にその係争に係る会社機関たる取締役又は代表取締役の職務の執行を停止し、その職務代行者を選任して法人組織たる会社の諸活動の正常な継続を確保しようとするものであつて、そのねらいは、あくまで会社活動の保護にあるというべきである。このことは、右仮処分の本案訴訟自体がいずれもいわゆる社団法上の訴えと目されるべきものであつて、専ら会社ひいては株主の利益を図ることのみを目的とし、取締役等と会社との法律関係を成立させる前提となる会社内部における意思形成の瑕疵を争いの対象として会社を相手に提起されるものであることからも明らかである。

したがつて、右の仮処分により停止されるべき取締役等の職務の範囲については、取締役又は代表取締役の機関を構成する個人の利害を考慮に入れて決するものとする余地はないというべきであり、更に、瑕疵ある意思形成を前提として選任された取締役等を排除して会社の正当な業務運営を保全する右仮処分の趣旨からすれば、停止される職務の範囲は、究極的には被停止取締役又は被停止代表取締役の職務の全般に及ぶものと解するのが相当である。

法律は、右仮処分により停止されるべき職務の範囲を当該仮処分自体において別に定めることができるものとするが(商法二七一条一項参照。)、これは、一律的な職務の停止によりもたらされ得る不当を仮処分裁判所が個別に除去し得るものとして、当該事案の具体的妥当性を確保しようとしたものにほかならず、唯一この方法によつてのみ右被停止職務の範囲を制限することができるものと解すべきである。

したがつて、右仮処分による被停止職務の範囲は、当該仮処分決定自体において除外されていない限り、当然に本案訴訟における訴訟追行権能にまで及ぶものといわなければならない。

2  原告は、この点につき、仮処分の効力が仮定的、暫定的なものであること、本来、仮処分の効力は、被告に回復しがたい損害を与えるおそれのある職務執行を排除するためのものであるから必要にして十分な最小限度の範囲にとどめられるべきであることを論拠として、別件仮処分の効力の被停止職務の範囲は別件訴訟の追行権にまでは及ばない旨主張するが、前述のとおり、この仮処分が、原則として被停止取締役等の職務を全面的に停止するものとし、それが不当と目される場合には仮処分裁判所の判断によつてのみ停止されるべき職務の範囲を制限することができるものとして立法されていると解される以上、右主張を採用する余地はない。

3  更に、原告は、別件訴訟の運用上の実際の見地から、実質的利害関係を有する代表取締役山中をして訴訟追行に当たらせるべきであり、職務代行者古山は、その職責上被告のために十分なる攻撃防禦を尽くすことができないのであつて、代表取締役を右訴訟から排除したのでは訴訟における当事者衡平の原則に反する旨主張する。

しかし、別件訴訟は、前述したとおり会社の内部機関の意思決定の効力を争う訴えであつて、代表取締役山中がこの訴えの当事者でないことはもとより、直接訴訟追行に当たらなければその利益を擁護し得ないほどの利害関係を有するものでないことは、被停止代表取締役が被告適格を有せず、民事訴訟法七五条の規定により共同訴訟人として訴訟に参加することもできないと解されること(最高裁判所昭和三六年一一月二四日第二小法廷判決民集一五巻一〇号二五八三頁参照。)からも明らかである。仮に、代表取締役山中が別件訴訟の帰趨に利害関係を有するのであれば、自己の費用で右訴訟においていわゆる共同訴訟的補助参加をすることができると解されるから(最高裁判所昭和四五年一月二二日第一小法廷判決民集二四巻一号一頁参照。)、代表取締役山中の地位を前述のように解しても、その権利又は利益の擁護の手段が奪われるものではないというべきである。

また、職務代行者古山については、仮に代表取締役山中ほどには別件訴訟の紛争の事情を熟知していないとしても、会社関係者に訴訟資料収集につき協力を求めることにより適切な主張立証を尽くすことは困難とは考えられず、もともと会社としては、有効な決議により選任された代表取締役による会社運営が確保されればよいのであるから、争訟上の立場に固執して無理な訴訟追行をする必要はなく、公正かつ適切に訴訟を追行し得る地位にある職務代行者にこれを委ねて妨げないというべきである。

4  以上のとおりであり、別件仮処分において格別の制限が付されていないことは弁論の全趣旨により明らかであるから、結局、別件訴訟においてその追行権を有するのは、別件仮処分によつて選任された職務代行者古山であつて、代表取締役山中はその追行権を有しないものと解するのが正当である。

三1  ところで、本件のごとき訴訟委任契約を解約する行為が商法二七一条一項本文の「会社ノ常務ニ属セザル行為」に該当するか否かについては、一般論としては検討の余地なしとしないが、本件においては、具体的事実関係に照らして右解約が本案訴訟の管轄裁判所の許可を要する行為に該当するものであつた点につき当事者双方に異論がなく、かつ、〈証拠〉によれば、本件委任契約の解約については東京地方裁判所の許可を得ていることが認められる(この認定に反する証拠はない。)のであるから、右解約を有効と認めるのに支障はない。

2  原告は、この点について、右許可の裁判は、別件訴訟の担当裁判官でなければすることができず、別件仮処分をした裁判官(別件訴訟の担当裁判官とは別の裁判官であり、この裁判官が右許可の裁判をしたことは本件記録上明らかである。)はこれをすることができない旨主張するが、「本案ノ管轄裁判所」(商法二七一条一項)である東京地方裁判所があらかじめ定めた事務分配の定めに従つて特定した裁判官により許可の裁判をしたものである以上、何ら問題となる余地はなく、右主張は失当というほかない。

また、原告は、右許可の裁判は原告に対する告知を欠いているから無効である旨主張するが、右許可の裁判の告知を受けるべき者は、申立人その他の右裁判によりその権利に直接の影響を受ける者であると解すべきところ、原告は、許可の対象となつた法律行為がされる場合にその相手方となる者にすぎず、右告知を受けるべき者に該当しないことは明らかであるから、原告に対し右許可の裁判の告知がされなかつたことをもつて、その効力が生じないものと解する余地はない。

四したがつて、職務代行者古山が被告を代表してした本件委任契約の解約は、これを無効ということはできないというべきである。

第三結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(三宅弘人 慶田康男 杉原則彦)

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